大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和23年(ワ)861号 判決

原告 高木定信

被告 松本亀太郎 外一名

一、主  文

原告の被告等に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告松本は原告に対し原告より金六万円を受領すると同時に別紙目録<省略>(一)(二)の建物につき所有権移転登記手続を為すべし、被告板谷は原告に対し別紙目録(一)の建物について昭和二十三年四月三日に為された昭和二十二年十二月二十二日附売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を為すべし、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求原因として原告は昭和十五年一月被告松本からその所有に係る別紙物件目録(一)記載の住宅並びに工場二棟を賃料一箇月金六十五円、毎月末日取立払の約束で賃借したが、昭和二十二年四月初旬右建物の賃借権を訴外則元虎之丞に金十三万円をもつて譲渡し、被告松本の承諾を求めたところ、同被告は賃借権の譲渡については承諾することはできないが、右建物を原告において買取られたい旨の申出があつたので、原告は右建物を代金三万七千円で買受けることを承諾し、即時金三万円を被告松本に支払い、残金は所有権移転登記手続の際支払うこととなつた。ところが同年六月頃被告松本の家屋管理人訴外西脇伸輔は原告に対し前記二棟の建物に隣接する別紙目録(二)記載の住宅二棟(当時朝鮮人居住の家屋)を追加し合計金十万円にあらざれば売却しないというので、原告は已むなく同年七月別紙目録(一)(二)の家屋を代金合計金九万円で買受けることを承諾し、既に支払つた金三万円の外、残金六万円は昭和二十三年二月末所有権移転登記手続の際被告松本に支払うことを約し西脇から別紙目録(一)記載の建物の権利証を受領した。然るに昭和二十二年十一月二十六日被告松本の代理人たる訴外中筋義一弁護士より右売買契約を解除するという内容証明郵便が原告方に来たが、右解除の意思表示は履行着手後に為されたものであつて無効であるから、原告は被告松本にその不当なることを難詰すると共に残代金六万円の受領方を申出でたが、被告はこれに応じない。

のみならず被告松本は昭和二十二年十二月二十二日別紙目録(一)記載の建物を被告板谷に売渡したと做し昭和二十三年四月三日同被告に所有権移転登記手続を為したが、右売買は被告両名が相通じて為した虚偽の意思表示によるものであつて無効である。仮に然らずとするも被告等は別紙目録(一)記載の建物の権利証が原告の手裡に存することを知りながら、これを滅失したるものと称し不動産登記法第四十四条所定の手続により前記所有権移転登記手続を為したるものであるから右手続は無効である。

よつて被告松本に対しては原告から残代金六万円を受領すると同時に別紙目録(一)(二)の建物につき売買による所有権の移転登記手続を、被告板谷に対しては右目録(一)の建物につき為された前記所有権移転登記の抹消登記手続を各求める為本訴に及んだと陳述した。<立証省略>

被告等訴訟代理人は何れも主文同旨の判決を求め、答弁として、

被告松本訴訟代理人は被告松本が昭和二十二年九月二十四日原告に対し別紙目録(一)記載の建物を代金六万五千円で売渡す旨の契約を為したこと、被告松本が原告主張の日時右物件について原告主張の如き登記手続を為したことは何れも争わない。

原、被告間の売買契約については、契約の際手附金五千円の授受があり、被告は昭和二十二年十一月二十六日手附金倍額を原告に償還し売買契約解除の意思表示を為し、原、被告間の売買契約は適法に解除されたので昭和二十二年十二月二十二日右物件を被告板谷に代金十三万円をもつて売渡し代金全額の支払を受けて同被告に所有権移転登記手続を為したものである。

被告松本は原告に対し別紙目録(一)の建物を賃貸していたところ昭和二十二年三月頃原告は被告を来訪し、右賃借権譲渡について、被告の承諾を求めたが被告はこれを拒絶したので、原告はそれでは右建物二棟及び同番地上木造瓦葺二階建居宅二戸建一棟(別紙目録(二)の建物とは全然別箇の建物)を売つてくれぬかと申出でたので、交渉の結果、右不動産を代金は賃貸価格の七十倍以上とし、被告松本の財産税納付の期日迄に右代金を支払うこと、売買に関する細目は後日更に協議の上書面に作成し、確実な取極めを為すことと約定し、取敢えず売買代金の内金として金三万円を原告から受領した。然るに原告は被告松本の財産税納付の時期迄に代金の支払をしないのみならず別紙目録(一)記載の建物の賃借権を他に譲渡するに至つた。そこで被告はこの状態に不安を感じ、昭和二十二年九月下旬訴外西脇伸輔をして原告との間の従来の不確定な状態を明確ならしめるよう取計わしめ、結局同月二十四日原告との間に(イ)被告はその所有に係る大阪市東成区猪飼野町四十番地上木造瓦葺二階建二戸建一棟の建物を代金二万五千円で原告に売渡し、その代金は先に被告が原告から交付を受けた金三万円の内金二万五千円をもつて充当し、被告は右建物引渡の為原告に対し登記済書を交付すること、(ロ)被告は原告に対し別紙目録(一)記載の建物を代金六万五千円、所有権移転登記手続は売買契約成立の日から向う五箇月、原告は被告に手附金として金五千円を差入れ、原告は手附金を抛棄し、被告は手附金倍額を原告に償還し、何時にても契約を解除し得ることという約定が成立し、右約定に基き被告は即時(イ)記載の建物の所有権移転登記手続に必要な白紙委任状と右建物の登記済証書を原告に引渡し、又(ロ)の約定により原告が被告に差入れるべき手附金五千円は先に原告が被告に交付した金三万円から(イ)の売買代金二万五千円を控除した残額をもつてこれに充当した。なお(ロ)の売買代金の支払時期については明確な取極がなされなかつた。ところが、(イ)の建物の所有権移転登記手続の為原告に交付した登記済証書には別紙目録(一)記載の建物の一部が記載されていた為、原告はこれを奇貨とし、未だ代金の支払を為していない別紙目録(一)の建物を担保として他から金融を受け或は他に事実上売却する交渉を為しているとの風聞があつたので、被告は昭和二十二年十一月二日西脇を通じ原告に(ロ)の売買代金の支払を請求すると共に前記登記済証書の返還を求めたところ、原告は前記登記済証書を他の目的に流用していることを認め、(ロ)の売買代金を昭和二十三年二月末に被告に支払うべきことを申出でた。然しながら被告は原告の態度から見て、右登記済証書の悪用によつて被告に不測の損害の生ずべき虞のあることを感知したので、(ロ)の特約に基き昭和二十二年十一月二十六日手附金の倍額金一万円を原告に償還して売買契約解除の意思表示を為し、この意思表示は同年十一月二十八日原告に到達した。ところが原告は右手附金倍額の受領を拒んだので被告は同年十二月八日大阪司法事務局に右金額を供託し、且つ供託通知書を原告に送付した。

その後被告は原告主張の日時別紙目録(一)記載の建物を被告板谷に売渡し原告主張の日時所有権移転登記手続を為したが、被告松本は昭和二十二年十二月二十二日大阪市北区宗是町一番地大阪ビル六五二室中筋法律事務所内において弁護士中筋義一立会の下に被告板谷代理人訴外土井清圭と右建物を有姿の儘代金三十万円にて売渡し、代金の内金三万円は契約成立と同時に残金十万円は所有権移転登記完了後権利証引替に支払を受くべきことを約定し、同日土井から金三万円の支払を受け残金十万円は昭和二十三年四月二十五日頃土井から同人振出の振出日同月三十日支払人株式会社北陸銀行大阪支店金額十万円の小切手の交付を受け、登記済証書は昭和二十三年六月十二日土井に手交したのであつて、右売買は被告等の相通じて為した虚偽の意思表示では断じてない。

原告は被告松本が被告板谷に対して為した前記建物の所有権移転登記手続は、右建物の権利証が原告の手裡に現存するのに滅失したものとし、不動産登記法第四十四条の手続によつたものであるから無効であると主張するが、原告は何等正当の理由なくして被告の権利に属する登記済証書を不法に占有し被告の登記手続を妨害しながら斯の如き主張を為すことは法律上所謂悪意の抗弁に該当するのみならず、仮に登記手続に違法の点ありとするも登記原因たる基本の売買契約を無効たらしめるものではないから原告の主張は失当である。よつて原告の本訴請求は棄却を免れざるものであると陳述し、

被告板谷訴訟代理人は被告板谷が昭和二十二年十二月二十二日被告松本から別紙目録(一)記載の建物を買受け昭和二十三年四月二日同被告から所有権移転登記手続を受けたことはこれを認めるが、右売買が被告等両名相通じて為した虚偽の意思表示であることは否認する。被告板谷は被告松本から代金三万九千四百八十円をもつて右建物を買受けたものである。又原告は本件建物について所有権移転登記手続を受けていないから右建物の所有権の取得をもつて被告板谷に対抗することを得ず従つて、右建物について被告板谷の為め為された所有権移転登記の抹消登記手続を訴求する権利を有せざるものであるから被告に対する原告の本訴請求は失当であると陳述した。<立証省略>

当裁判所は職権により被告松本本人を尋問した。

三、理  由

成立に争のない乙第二号証によれば原告は昭和二十二年九月二十四日被告松本から別紙目録(一)記載の建物を代金六万五千円で買受け所有権移転登記手続及び代金支払の期日を昭和二十三年二月末日と定め、手附金として金五千円を被告に差入れたことを認め得べく、原告は別紙目録(一)記載の建物の外同目録(二)記載の建物をも合せ代金合計九万円で買受けたと主張するがこれを認むべき確証がない。

被告松本は昭和二十二年十一月二十六日原告に手附金倍額金一万円を償還して右売買契約解除の意思表示を為したと主張するが、官署作成部分について成立に争がなく、その他の部分についても真正に成立したものと認むべき乙第五号証の一によれば、被告松本の代理人たる訴外中筋義一は昭和二十二年十一月二十六日附書面で原告に対し、原、被告間の前記売買契約は、被告において解除する。右解除による損害賠償予定約定額金一万円(手附金五千円の倍額)は請求あり次第何時にても原告に支払う。但し右契約成立の際被告が原告に交付した登記済証書及び委任状と引替を条件とする旨の意思表示を為したことが明かであつて、右意思表示の際被告が原告に手附金倍額の現実の提供を為したことを認むべき証拠がない。然しながら民法第五百五十七条第一項により売主が手附倍額を償還して契約を解除する場合には、買主が予め手附倍額の受領を拒む意思を表示したる場合その他買主が手附倍額の提供を受くるもこれを受領せざること明かなる場合の外は、売主は手附倍額に相当する金員を現実に買主に提供することを要し、これなくして為された解除の意思表示は無効であつて、原告が、予め手附倍額の受領を拒む意思を表示し、或は原告が手附倍額の提供を受くるもこれを受領せざるべきことが明かであつたという事情の存在の立証のない本件においては被告松本の契約解除の意思表示は無効であると謂わなければならない。

次ぎに被告松本本人訊問の結果により成立を認め得べき乙第九号証、同第七号証、被告両名本人尋問の結果を綜合すれば、被告松本は昭和二十二年十二月二十二日被告板谷に別紙目録(一)記載の建物を代金十三万円をもつて売渡し、売渡と同時に内金三万円を残金十万円は昭和二十三年四月三十日各その支払を受けたことを認め得べく、被告松本が原告主張の日時、右売買契約を原因として右物件について被告板谷に所有権移転登記手続を為したることは当事者間に争がない。

原告は被告両名間の売買契約は相通じて為した虚偽の意思表示によるものであつて無効であると主張するが、これを認むべき証拠なく、又原告は被告松本は右物件の登記済証書が原告の手裡に存することを知りながら、これが滅失したるものとして不動産登記法第四十四条の手続により、被告板谷に所有権移転登記手続を為したるものであるから右登記手続は無効であると主張するが前記規定に所謂登記済証が滅失したるときとは、登記済証書が物理的に滅失したる場合のみならず、登記済証書が売主以外の第三者の手中に存し売主がこれを取戻すこと一般取引の観念上不能なりと認められる場合をも包含するものと解すべきであるから、被告松本が右登記申請当時原告から登記済証書の返還を受くることが一般取引の観念上可能であることを原告において立証せざる限り、右登記申請手続を違法となすべきではない。

然らば原告と被告松本との間の別紙目録(一)についての売買契約は既に履行不能となりたるものと謂うべく、右契約の履行を求める原告の被告松本に対する本訴請求は失当なること勿論であり、又原告は右物件の所有権の取得をもつて被告板谷に対抗し得ないから所有権に基き被告板谷に対し右物件について為された所有権移転登記の抹消登記手続を求める原告の請求も亦失当である。

よつて原告の被告等に対する本訴請求は何れもこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 岩口守夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!